アメリカらしいお話です。死刑因が死ぬ時にジョークを言って死んで逝きたいそうです。であれば気の利いたアメリカンジョークを自分で考えるべきでしょう。何もネットで募集しなくてもって思いませんか。
私は基本的には死刑執行に反対の意見を持っております。麻酔を打って電気椅子などで安楽死などとは、ちょっと軽すぎるくらいに思っています。死ぬか生きるかのギリギリの生活で罪を犯した事に対して一生、監獄で罪滅ぼしをして欲しいと思っています。しかし現実的には収容施設のキャパや費用の問題などで、そんなに永く服役させる事は不可能なのでしょう。今回のような話を聞いてしまうと、被害に遭った被害者やその遺族が不憫で成りません。私だって笑って死ねる保障はどこにも無いのですから・・・。即効シェイプ1000円体験★プラソン
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私も死刑執行に対して同意見です。
ただ、自分の家族などが犯罪の被害者になった経験がないので、せめて死なない程度の無期。。。
自分が笑って死ねるかどうかは、どう生き抜いたか。でしょうか。それとも何か一つでも悔いの残らない結果を残せたか?
死ぬときにならないと判りませんが、(病も含む)自然死ならば、笑って死ぬつもりです。
唐突に失礼いたしました。
死刑執行に関しては
非常に難しい問題ですよね。
身内が殺されえて時に
そう思えるかと言われると
私も自信がありませんが
自分の手で犯人を殺したいとは思いません
いかなる理由でも
人が人を殺してはいけないと
思っているからです。
この心境も被害者の遺族に
なった経験がないからかもしれません。
私のようなモノの記事に
コメント頂いてありがとうございました。
ここに登場するシスターは実在の人物で、確か、『イエスの小さき花』と言われている聖女です。「殺すなかれ」というのは、死刑を執行する側にも言えるのではないでしょうか?
死刑も、殺人同様、残酷です。単に殺人と言っても、非情に残忍なものから、事故だった、自己防衛だった、人間ですから、魔がさした、また、社会構造の犠牲者で、周りに、諭してくれる人が居なかった。理由は地域の貧困による劣悪な環境あるかもしれない。また、無思慮な若者を使って、政権を擁護するために、罪も無い人に暴力を容認するような国家で育ち、善悪の区別を謙虚に学ぶ機会をもたず、理性も恥も無い、野生動物以下の魂に陥った人。些細なことでも、権力さえ与えられれば、過剰な復讐が可能であると、思い込まされ、また、残忍さをむき出しにすることで、快感を覚えるかのようになっている、最近のニュースに度々、登場する、どこかの兵士や警官の心理にしても、犯罪を取り締まる方が、犯罪者に成り下がっているような今日の現状も無視できない。また、殺人に至らなくても、他人に干渉し、意味も無く、他人を陥れたり、妬んだり、憎んだりしている人達、つまり、自分とその家族は幸福でいたいが、他人は、自分より不幸であってほしいと本心で考えている人達なら、神様の眼に、余るほど居るに違いない。善人のふりをして他者をハメる人は、神様から見れば、タチの悪い殺人者も同様なのだから。ナチスに喜んで賛同した人達は、普通の主婦や、パン屋さんといった一般市民であったことを考えてみればいい。そう考えると、人間は、簡単に悪に陥ることが分かる。そうならない人は、猛吹雪の中で、一人で立っていられるほどの精神力の持ち主だけ。どうしたら、人間界から、この残酷な状況を撤廃できるのか?真剣に考えるべき時が来ていると思う。できれば、マザーテテレサのような人の元で、縄で縛ってでも、厳しく、その一生を、困っている人達を助ける仕事に従事し、どれほど、罪深いことをしでかしたのか、自殺したくなるまで分からせた方がいい。先日、多数の抗議の元、シュワルツネッガー知事が死刑を容認し、実行されてしまった、コンビ二強盗殺人の囚人は、ある女性記者と面会して話し続けるうち、改心し、自ら、貧しさから同様の罪を犯している人達に向けて、執筆。また、実際に、説得に回り、ノーベル平和賞、ノーベル文学賞にノミネートされるまでに至っていた人物がいる。ある意味、その辺の普通に見える一般市民だって、(まだ)犯罪を犯していないだけで、その心には、いつも、妬みや、嫉妬、他人に挑むことばかり考え、勝った負けたと、低次元な争いを仕掛けることばかり考えていないとも限らない。話題になった、お受験戦争で、普通の主婦が、自分より金持ちで、自分の子供より良い成績だった、他人の子供を公衆トイレで殺し、殺した方に味方したがる愚かな主婦の意見が多数あったことでも、それが、かい間見れようというものだ。男は男で、エゴと、不平不満で、頭のおかしくなっている人達(そういうのに限って、自分は正常だと思って、病院にも通わない。)だって、日本にも増殖している。(リーマンの4人に一人は鬱病だっていうからね。)何文句言ってるのかと思ったら、おかしいの、オマエじゃないか、なんていうのは、ザラな時代でしょう。だからこそ、そういう囚人を生かしておいて、改心させて、決して、アホ市民が改心させることも、説得することも出来ない、犯罪予備軍を、未然に防止してくれる人間へと、成長する可能性だってあるかもしれない。被害者だって、その位の改心して、辛い思いをさせない限り、許せないだろうと思います。
たいへんに中身の濃いコメントを頂きありがとうございました。
関心させられる着眼点と文章力に、
感動すら覚えました。
本来ならば、貴方様のような
文章を書きたく思うのですが
如何せん文章力に欠けておりまして
恥ずかしいばかりです。
私も貴方様と同様に「人が人を殺す」
行為は立場上罪を罰する立場であっても
許される行為とは思いません。
どんな理由であろうとも
人を殺してはいけないと思っております。
今回は私のような下手な文章しか書けない
ブログを読んで頂きありがとうございました。
そして貴重なコメントを頂き
本当にありがとうございました。
私の考えは殺された被害者と 遺族の気持ちを考えれば 犯罪者の人権など有り得ないと… 極刑をもって償わせる事も必要かと思います。
妻や娘が強姦された上殺されたりでもしたらそう思えるでしょうか?
思えないでしょう。それが人間だとおもいます。ぶっ殺してやりたいと思う事でしょう。
そうであれば、見せしめの公開処刑のような事をすれば、もしかすると重大犯罪は減るのかもしれません。所詮は人間などとは動物と変りの無い生き物かもしれませんから、その方が効果が有るのかも知れません。
しかし人間は他の動物達とは違い、理性をもって我慢したり欲望を抑えたり出来る生き物でもあると私は思っております。
私は特定の宗教を信じたりはしない、無宗派層の人間です。しかしながら仏壇やお墓を粗末には出来ませんし、初詣などでは神社仏閣などで参拝もいたします。神を信じているわけでもありませんが、人として清く生きたいとは思っています。
人を殺してしまう人もやっぱり自分達と同じ人間であると自覚した上で、世の中全体を考える必要があるように思います。人を殺してしまう病んだ人間を作り出す社会全般に多くの問題があるように私はおもうのですが、そんな社会を築く事も不可能に近い事でしょう。
おやぢさんの思われる考え方を否定したいとは微塵にも思っておりません。私なりの考えを補足するようなコメントになって、おやぢさんが満足されるコメントでは無かったと思いますが、コメントの回答とさせていただきます。
ブログを読んで頂き、コメントを書いて頂き本当にありがとうございました。